- ONIBUSについて
ONIBUS COFFEEオープン10周年〜代表 坂尾 篤史より〜
1月27日、ONIBUS COFFEEは開業10周年を迎えます。
まだ「スペシャルティコーヒー」や「浅煎りコーヒー」という言葉が浸透していなかった中、2012年1月27日、自家焙煎でエスプレッソマシンもあり、ドリップコーヒーも提供するコーヒーショップを一人ひっそりと、世田谷区奥沢の地にオープンしました。
僕は地方出身者ということもあり、友人や知り合いが東京に多くなかったので、開業するにあたり相談できる人が身近にあまりいませんでした。若さから来る根拠のない自信と、体力だけでお店をオープンさせたように思います。ただ、オープンを決めてからは、引き寄せられるように多くの人に出会い、そして助けられ現在に至っています。
今でもはっきりと覚えている出会いがいくつかあります。たとえば、デンマークに旅立つ知人の送別会でタイミングよく出会い、それからONIBUSのロゴデザインなどを手がけてくれることになった友人がいます。ONIBUSが、個人店ながらブランドとしてのアイデンティティーをしっかり持って10年間続けることができたのは、彼らのおかげです。他にも偶然、様々な場所やシチュエーションで出会ってきた方たちに助けられ、相談をし、影響を受け、ある時はテーブルを囲み、またある時は一緒に旅をしたり、時にはチームとして共に働きコーヒーに向かいあったり。本当に多くの人たちのおかげでONIBUS COFFEEは成り立っています。
この特別な節目に、ONIBUSの歩みを振り返ってみたいと思います。
この10年変わらず大切にしていることがあります。「コーヒーカルチャーを広めること」と、「スペシャルティコーヒーの本質を追求すること」です。
きっかけはシドニーでのコーヒー体験
僕がコーヒーに興味を持ったのは、20代前半で行ったバックパックの始まりの地、オーストラリアのシドニーでした。その時、同じ場所に泊まっていたドイツ人に連れられ、毎朝カフェに行っていたことがきっかけでした。
オーストラリアのコーヒーショップは、そこに暮らす人の生活の一部になっていて、スタッフとお客さんのフランクな挨拶や他愛のない会話、テキパキとコーヒーを作り提供するバリスタ、デザイン性の高い内装など、コーヒーショップを形成する一つ一つの景色に心が踊ったのを今でも覚えています。オーストラリアで出会ったコーヒーカルチャーは、日本では味わったことのない極上のラテと、1日の始まりはコーヒーショップからといっても過言ではないくらいの地元の人のコーヒー愛が印象的でした。
僕は3ヶ月ほどでオーストラリアを後にして、その後アジアを10ヶ月ほど回りました。そこではコーヒーではなくチャイだったりティーだったり、国によって様々だったけど、それぞれの土地で、カフェがバックパッカー同士の情報交換の場所になっていたり、現地の人との交流の場だったり…カフェに行けばどこか次へ進む場所が見つかる。カフェに行くことで人生が動き出す。そんな高揚感があったから「カフェ愛」が高まり、その頃から、「カフェこそが人と人が行き交う最善の場所なんじゃないか」という思いが強くなっていきました。
日本に帰ってきてからも、僕の人生の中で、カフェは大切な場所でした。カフェで顔見知りになったスタッフとちょっと会話をしたり、悩んだときに真っ直ぐ家に帰るのではなく、カフェに寄ってコーヒーを飲んで気持ちを落ち着かせて気分転換をしたり、日常にカフェがあることで色々な場面で救われたように思います。
そして2009年、バリスタ世界チャンピオンが手がけるコーヒーショップ、ポールバセットで本格的にコーヒーの勉強を始めることになります。そこでスペシャルティコーヒーの存在を知り、本気でコーヒーと向き合うバリスタに出会うことで、本格的に「コーヒーの道」にのめり込んでいきます。
スペシャルティコーヒーに魅せられて
1978年に「特別な地理的環境が生み出す微小気候(マイクロクライメット)がもたらす、特徴的な風味特性をもった新しいカテゴリーのコーヒー」に対して、はじめて「スペシャルティコーヒー」という名称が使われて以来、多くの人々がスペシャルティコーヒーに魅了され、人生をかけてコーヒーと関わってきました。現在のスペシャルティコーヒーの形は、まさにコーヒーに熱狂した多くの人々の手によって、そのクオリティが向上し続けた結果なのです。
そして僕も、熱狂した一人です。スペシャルティコーヒーが持つ素材の力強さ、テロワールと言われるその土地の風土からくるそれぞれの農園の味の違い、焙煎による複雑な化学変化からくる繊細な味、バリスタが真剣に向き合うことで作り出される最高の一杯に出会ったことで、僕自身の感性や趣味嗜好、そして人生さえも大きく変わり、コーヒーの仕事に携わることで、物事を本質的に捉えるようになったと思います。
そんなスペシャルティコーヒーを多くの人に知ってもらいたい、コーヒーを提供しながら誰かの日常に寄り添い、世界中から届くコーヒーで「最高の一杯」を作り、感動する味わいをお客様に提供したいという思いで、2012年1月27日、ONIBUS COFFEEを開業することになりました。
大きな志と期待で始めたお店は、最初のうちは全くお客さんが集まらず、3〜4年くらいはモヤモヤとした修行の日々が過ぎていきました。2012年当時は今のように、店内で自家焙煎をし、最上級のエスプレッソマシンがあり、エスプレッソドリンクとフィルターコーヒーを提供して、一貫した管理のもとでコーヒーを出しているお店が本当に少なかったのです。それゆえお客様も、「オーダーの仕方がよくわからない」とか、「スーパーマーケットやチェーン店のカフェの豆と比べると価格が高い」とか、「コーヒーが酸っぱい、薄い」とか、さらには「なんでもいいからコーヒーちょうだい!」と言われることさえ少なくありませんでした。そもそもコーヒーの専門店に来てくれる方も少なかったのです。
そんな状態に悩みに悩む日々が続きました。自分が情熱を持って扱っているコーヒーをどうやって広めたら良いのだろう?どうやったら楽しんでもらえるんだろう?当時はそんなことばかりを考えていました。
東京のスペシャルティコーヒーのプレゼンの場「ABOUT LIFE COFFEE BREWERS」
とにかく、足を動かしました。場所や業界、イベントの内容を問わず、ケータリングやワークショップなど、お店の外でコーヒーを提供する。常にバッグにコーヒーを持ち歩き、いつでもコーヒーを飲んでもらえるようにしたり、お声がけいただければ、どこまでも行ってコーヒーを淹れたり、ワークショップをしたり…。少しでも多くの人にコーヒーを飲んでもらって、説明して、スペシャルティコーヒーの理解を深めてもらう活動を必死にしてきました。そして、どうやったらコーヒーをもっと広められるか?という課題の僕らなりの答えの一つの形が、ABOUT LIFE COFFEE BREWERSだったのです。
東京で美味しいコーヒーをもっと気軽に、もっと身近に飲んでもらいたい、スペシャルティコーヒーをこだわって焙煎しているコーヒーロースターを広めたい! そんな願いから始めたコーヒースタンド形式のABOUT LIFE COFFEE BREWERS。できるだけたくさんの人にきて欲しいという思いから場所は渋谷に、コーヒー豆は自分たちの豆だけでなく、信頼をおけるロースターの豆も選んでもらえるマルチロースターというスタイルに。そして、浅煎りのコーヒーを広めるためにニューヨークやメルボルン、シドニー、スウェーデン、世界や日本各地の確かなコーヒーマンたちにゲストバリスタとして来てもらい、店頭でプレゼンテーションしてもらう活動を続けました。
この頃のONIBUSはスタッフ全員で6人。当初、相変わらずお客さんは少なかったけれど、美味しいコーヒーを広めたいという思いと、「東京のコーヒーシーンを自分たちの手で変えたい」という思いで、生産地の味わいを感じることができる浅煎りの焙煎度合いを頑なに貫き通し、シンプルなメニューで毎日コーヒーと向き合っていました。
そんな熱を持ったメンバーで、よりコーヒーの理解を深めるため、そして自分たちなりに透明性を高めるために、なるべく生産地を訪ねるようにしたり、もっと良い焙煎をするために世界中のロースターを訪れ情報交換をしたり、日々頭と足をフルに動かしていました。僕たちが高いモチベーションでコーヒーをやってこられたのは、「ONIBUS」というロースターと「ABOUT LIFE」 というプレゼンの場所があったからだと思います。
ONIBUSがあることでその街の豊かさを高めていきたい
奥沢の地で一人で始めた時から本当にあっという間に時間が経って、「ONIBUS」と「ABOUT LIFE」と共に成長して、コーヒーのおかげでたくさんの人に出会え、たくさんの場所に行き、仲間も増え、現在ではスタッフも30人近くになりました。そして、ONIBUSとしてできることは格段に増えました。
お店を始めた時に思った、「コーヒーがあることで暮らしを豊かにできるんじゃないか」という思いが、10年経って確信に変わりました。「そう!カフェやコーヒーショップがあることで暮らしは豊かにできる!!」この言葉を、最近は自信を持って言えるようになりました。
スペシャルティコーヒーの本質を理解して、生産地域の環境や生産工程を見ると、土壌のことや微生物による発酵のことを学ぶことができるし、コーヒーの物流や流通の仕組みを学ぶことで、世界の経済を学ぶことができる。そういったことを理解すれば、自分たちの暮らしを取り巻く事柄も少し違った見え方を帯びてくる。
例えば、お店で使う商材や内装材も、少しでも環境に負荷をかけないものに変えたり、エネルギーをとっても、再エネ率の高いものを選択したり、その他にも、会社としての取り組みや選択が、無理せずに環境に良いことを選べるようになったと思います。
具体的には、ONIBUSのお菓子部門「myown」もオーガニックでヴィーガンのものが多かったり、使い捨てのテイクアウトカップを削減するためのリユースカップを管理するサービス「CUPLES」を始めることができたり。これらは、コーヒーを真面目にやってきた結果だと思います。
そんなONIBUSに共感を持ってくれる人が、僕たちのお店がある街に住んでくれれば、その街の雰囲気は絶対に良くなるし、似たような価値観を持っているお店が増えればさらに暮らしやすくなるし、ONIBUSとしてもお客様(仲間)が増えてスタッフにも還元できる。そうすることで、より良いサービスやコーヒーをお客様へ届けることができる。今まで取引きのあった農家さんへも還元できるし、継続してコーヒーを仕入れることができる。そんな循環を生み出していくことが、これからのONIBUSの使命だと思います。
僕がコーヒーを好きな理由の一つが、職人気質を持ってホスピタリティの仕事をできることです。コーヒーと向き合う時は頑固な職人でありたい。そしてお客様と向き合うときは最高のサービスマンでいる。これからもこの二つの側面を大切にして、皆様と共に「暮らし作り」をしていきたいと思っています。
これまでも、これからも
最後になりますが、この節目となる10年を迎えられたのは、今までご縁があった皆さま、コーヒー生産に従事している生産者の皆さま、共にコーヒーに愛情を捧げてくれているONIBUSのみんなのおかげです。本当にありがとうございます。
本来なら一人一人にお礼をお伝えするべきなのですが、この場を借りて皆さまにお礼申し上げます。
これからも一杯一杯、一日一日、丁寧にコーヒーと向き合い、積み重ねていきたいと思っています。引き続きよろしくお願いいたします。
感謝を込めて。
坂尾篤史
1983年生まれ。オーストラリアでカフェの魅力に取りつかれ、約一年のバックパックを経て帰国後、バリスタ世界チャンピオンの店でコーヒーの修業。焙煎やバリスタトレーニングの経験を積み、2012年に独立。奥沢に『ONIBUS COFFEE』をオープン。現在は都内に4店舗、ベトナムホーチミンに1店舗を運営。トレーニングやワークショップなど行いながらアフリカや中米のコーヒー農園に積極的に訪れ、現地との持続的な取引を大切にしながら、素材のトレーサビリティを明確にする活動を積極的に行う。