2026.3. 5
  • スペシャルティコーヒー

ケニア生産国訪問 〜現地で見る現状と私たちが産地へ行く理由〜

ケニア生産国訪問 〜現地で見る現状と私たちが産地へ行く理由〜

 ONIBUSが重ねる生産国訪問。2026年の1ヵ国目は、ケニアです。毎年1月頃、ケニアのコーヒー収穫は終盤に差し掛かり、現地ではフレッシュなコーヒーのサンプルが出揃います。この時期には、世界中のコーヒーロースターがケニアを訪れます。この訪問には買付以外にもさまざまな理由が存在します。

 今回は、私たちが「なぜ産地へ足を運ぶのか」という理由と共に、現地で見たケニアの現状をお届けします。

なぜ産地訪問にこだわるのか

 産地に行かなくても、商社やインポーター主催のカッピング会、輸出会社や農園からサンプル取り寄せたり、品評会などのオークションに入札したりなど、コーヒーを購入する方法はあります。それでも私たちが現地へ向かうのには理由があります。

 それは、”私たちが自信を持って美味しいと言える、皆さまにお届けしたいコーヒー”を見つけるためです。

 コーヒーは、フレーバー、クオリティ、収穫量、価格、生産背景、生産者との関係性など、いろいろな側面を合わせ持つ飲み物です。飲料であると同時に農作物であり、その地域のテロワールや、気候の影響を受け、その味わいは常に変化します。その年・その時期にしか出会えない一期一会の代物と行っても過言ではありません。

 その年の自分たちのスタンダードに合うロットを選ぶと同時に、実際に現地を訪れ、生産者や関係者と直接言葉を交わし、背景を自らの目で確かめることも大切にしています。コーヒー生産の現状を理解し共に働いていく関係を築くこと。それも、私たちが生産国訪問を行う大切な理由です。

ケニアコーヒーの歴史

     

 まずはケニアのコーヒーの歴史について、少しお話しします。

 ケニアのコーヒー生産は、1890年代フランス人宣教師によってコーヒーが持ち込まれたのが始まりです。その少し後の1895年から始まるイギリス植民地時代で、コーヒーは本格的に商業作物として発展していきます。この時、イギリスは生産拡大のために研究機関を設立しました。それが Scott Agricultural Laboratories(通称 Scott Laboratory)と呼ばれる研究所です。ここで選抜・育成されたのが、現在もケニアの代名詞として知られる「SL28」や「SL34」という品種。SLは、Scott Laboratory の頭文字に由来しています。ケニア特有の明るい柑橘のような酸味やベリーのような風味は、ここから生まれました。

 当初、入植者によって管理・制限されていたコーヒー産業も、1950年代後半になると規制が緩和され、1963年の独立前後には地元の人々も生産に参加できるようになりました。しかし、多くの農家は小規模生産者です。1人1人では、既存のマーケットに参入することには難しさがありました。そこで生まれたのが、生産者同士が集まって収穫量を確保する動きでした。「これがコーヒーを持ち寄って精製・販売する現在の農業組合の仕組みに繋がってきた」と、現地の輸出会社Dormanのスタッフは言います。これが発展していったものが、現在のケニアコーヒーの中核を担うウォッシングステーション(以下、WS)です。(ケニアでは、WSの他にファクトリーという名称もよく見かけますが、ここではWSに統一します)

 こうして植民地時代をきっかけに発展したケニアのコーヒー産業は、現在でもそのシステムを引き継ぎながら、ケニアを支える重要な輸出産業のひとつとして、多くの現地雇用を生み出しています。

ケニアコーヒー独自の流通制度

 今回の渡航前、私の中にはいくつかの疑問がありました。

「ケニアの代表的な品種として知られる、 SL単一品種のロットは存在するのか?」「精製の現場ではどのような工夫がなされているのか?」「ケニア特有の産業構造はどのように成り立っているのか?」「小規模生産者がWSへコーヒーを持ち込み、精製され、そこでは確かな品質が生まれているが、この品質はどのよう担保されているのか?」疑問は募るばかりでした。

 グレープフルーツやカシス、ベリーを思わせる鮮やかな酸。その個性は、ケニアのコーヒーを唯一無二の存在にしています。その風味を語るうえで欠かせないのが、先述のSL28やSL34といった品種だと言われています。現在ではケニアを超え、中南米など他地域にも広がっているこれらの品種ですが、ケニアで生産された「SL単一品種ロット」を目にする機会は、実はそれほど多くありません。

 品種同様に、ケニアの取引制度も独特の流れを取っていると言えます。現在、ほとんどのケニア国内のコーヒーは収穫後、毎週火曜日に開催されるオークションにかけられます。

基本的にケニアのコーヒーは、以下の4項目によって分けられています。

  • 生産地域

  • WS

  • コーヒー豆のサイズ(大きさ)

  • ドライミルに持ち込まれた週

 特徴的なことは、品種ではなく生豆のサイズごとにグレーディングされていることです。これは、時に数千にまでのぼる小規模生産者がコーヒーを持ち寄るWSでは、一度に多くの豆が精製されるため品種の特定が難しいことに由来します。

 ロット分けはWSに持ち込まれた際ではなく、ドライミル(乾燥後のコーヒーについている薄皮を脱殻する場所)に持ち込まれた際になされ、ここで初めてロットナンバーが与えられるということです。収穫時期ごとに異なるクオリティを管理するのがその理由です。実際に、同じ月に同じWSから持ち込まれたロットでも、スクリーンサイズ(豆の大きさ)や週数が異なるとクオリティに差が見られます。これらを管理する、ドライミル業者はケニアのクオリティコントロールの中核を担うと言って良いでしょう。

 ドライミルで選別されたロットは、毎週のオークションでその価格が決まるシステムになっています。輸出会社には全てのロットが記載された冊子とサンプルが送られ、バイヤーは、これを元にどのロットに入札するかを決め、翌週に開催されるオークションに臨みます。この制度は、需要の高いコーヒーが高値で取引されるシステムが機能している証拠であり、それは生産者側にとっては、品質向上への努力が価格として還元される可能性を示すものです。

 コーヒー産業が制度化され機能している一方、数年前には政府主導で業種別ライセンス制度の変更が実施されるなど制度面で大きな動きがありました。独占市場を防ぐ目的で行われたというこの制度変更後、一つの会社につき、輸出・ドライミル・WSなどいずれか一つのライセンスしか保持できなくなった生産者達がいました。それらは一時事業停止に追い込まれるか、同じ敷地内に会社をいつくか設立し、ライセンスを複数保有するなどの対応を迫られることもありました。このような変化を乗り越え、ケニアのコーヒー産業は現在も存在しています。

ケニアコーヒーの未来

 ケニアの合理化された産業構造に驚く一方で、将来のケニアコーヒーに対する懸念も身近に感じました。それは、当初はケニアのコーヒーの9割を占めていたSL品種が、単一品種としてロット分けされることはほどんどなく、またその生産量も年々少なくなっているということです。そしてこの理由も、ケニアのコーヒーが産業化されていることが背景にあると言えます。

 現地の生産を支えているのは、狭い土地でコーヒー栽培を行う小規模生産者たち。生産者支援団体CMS(コーヒーマネジメントサービス)によると、ある生産者達は平均8分の1ヘクタール以下の土地でコーヒーを栽培しているということでした。サッカーコート6分の1ほどの面積です。これらの規模でコーヒーを作る千〜数千単位の農家たちが一つのWSにコーヒーを持ち込むのです。

 彼らが主に栽培しているのは、SL系統のほか、RuiruやBatianといった品種です。しかし、生産者自身もどの品種を栽培しているのか把握していない場合も多いといいます。農業技師が畑を見ればある程度の判別は可能だそうですが、あらゆる品種が混在することによって、その割合を明確にするのは難しい状況です。

 この背景には、SL品種の特性があります。SLは、RuiruやBatianと比較しても、クオリティの高さに定評がある一方、一般に病害への耐性や収量面では課題があると言われています。さらに、現在栽培されているSL品種は、植えられてから既に60年以上になる木も珍しくはないそうです。植え替えや新しく栽培を始めるタイミングで、生産者たちがより耐病性の高いRuiruやBatianへ切り替えるということは、想像に難くありません。

 現在、RuiruやBatianのような生産性の高い品種が優先されているのは、品質の高い豆を持ち込んでも、それが支払われる金額に差異をもたらさないというシステム的な理由もあると考察します。他の品種と比較しても、価値が変わらず育てづらいのであれば、生産者が進んでSL品種を選ぶ理由はありません。現状のシステムでは、病気に強く、収量が高い豆を進んで栽培した方が彼らの生活は潤います。その結果、ケニアらしい風味を生み出してきた品種が少しずつ姿を減らしているのが現状です。

 スタッフの方々もこの状況を憂いていましたが、現時点では「SL品種を守るための国をあげたプロジェクト」は活発ではないようです。一部で、CMSはSLの苗を生産者に渡すなど、SLの根が全く途絶えているわけではありません。

 しかし、これらの状況を踏まえるのであれば、ケニアらしい味わいは自然に残り続けるものではないと言えます。たとえ、私たち消費国からの需要が高いものであっても、現地では選ばない理由も大きい。これを守る取り組みに私たちが参加していなかければ、少しずつ景色は変わっていくのかもしれません。

現状を知り未来に繋げるために

 私たちが生産国に足を運ぶ理由は、このような産地での現状を知り、その上でコーヒーを多くの人に届けるためです。コーヒーは農作物であり、それが生み出される背景を理解し、ストーリーを伝えていく。どの品種が、どのような環境で育ち、どのように精製され、どんな制度のもとで取引されているのか。そのプロセスに、どんな人々が関わっているのか。

 品質は偶然生まれるものではなく、コーヒーが実をつけるところから、日本のロースターに届き、コーヒーとして誰かの手に渡るまで、関わる全ての人の仕事によって作られています。

 今回のケニア訪問では、SL品種が年々減少している現実を理解し、産業構造の優位性についても理解を深めることができました。しかし同時に、私たちが求めるクオリティは、コーヒーの収量や栽培のしやすさという生活に直結する要素の前では、形骸的なものとも言えるかもしれません。お互いの求めるものが多様性を帯びる中、私たちに取れるアクションは何なのか。

 私は、産地を訪れることが全てではないと考えています。しかし、もし私たちが現地に行かず、ただカップの点数だけで選び続けるなら、この現状に気づくことも難しくなります。 私たちは、コーヒーを人々を繋ぐアイテムとしてだけではなく、農作物として、関わる全ての人が豊かになる可能性を秘めているコミュニティとして捉えています。だからこそ、その最前線を自分たちの目で確認し、私たちの一番大きな役割である焙煎やコーヒーの抽出、カフェでの時間を通して、皆さまに価値を届けます。

 生産者や輸出業者と直接対話し、互いの価値観を共有し、長く共に働いていく関係を築くこと。それが、クオリティを守ることにつながると信じて。

 今回買い付けたケニアのコーヒーは、今年初夏頃にリリース予定です!夏にぴったりなジューシーなケニアコーヒーの登場、お楽しみに!

Photos and text by Chiaki Kuwahara

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